現代の在宅医療

2004年10月20日
和田忠志

まえがき

みなさんは在宅医療という言葉を聞いたことがあるだろうか。これは、患者さんの自宅に医師が訪問して行う医療行為である。

すなわち、在宅医療は、身体の機能が低下し、通院が困難な患者さんに、自宅で医療を提供する。そして、在宅医療は。先端の技術を駆使して行う「治す医療」の対極にある。つまり、寝たきり老人や、回復しえない後遺症を負った障害者が、通院困難だが自宅で継続医療を受けたいと思うとき、在宅医療がそれを実現する。また、治癒が困難ながんの患者の場合、多くの人は住み慣れた家に帰りたいと希望する。そのときも、自宅での治療継続を在宅医療は実現する。

日本は超高齢化社会に突入しつつある。高齢になれば、誰でもいくつかの疾患を持ち、次第に身体の能力が低下し、歩いたり、身の回りのことをすることが困難になっていく。つまり、高齢者の身体的障害の多くは、「病気」でもあるが、「老衰」でもある。

高齢となり、病院などに通院困難となったとき、多くの人たちは、老人病院に入院したり施設入所する。しかし、それらの方々の多くは、自宅で継続的な医療が受けられれば自宅にいられるのである。自宅に介護の手がないために入院や施設に入所している人も多い。

これらの方は自ら望んで入院や入所しているわけではない。本当は自宅に帰りたい方がたくさんおられることは、私達の経験からも、種々のデータからも、まちがいない。

読者のみなさんも必ず年はとり、いつか、この現実に直面する。そのとき、あなたは、病院や施設に入ろうとするだろうか。それとも、自宅で治療が継続でき、介護が受けられるならば、自宅にいたいと思うだろうか。また、自分が最期を迎えるとき、あなたはどこで最期を迎えたいだろうか。もし、身体機能が低下しても、自宅で療養したいとき、それが可能かどうかは、実は、あなたの住む地域の在宅医療普及の如何によるのである。

現代的な在宅医療が次第に普及しつつあるが、まだ、それは日本の医療の中で小さな流れである。医師の訪問を受けながら、自宅で継続的な療養が可能なことを知らない方も多い。在宅医療が全国に普及し、自宅にいたいと望み、現在の技術で自宅にいることが可能な方々が、住み慣れた我が家にいられるようになることを祈念し、本稿を寄稿する。

在宅医療とは

在宅医療とは、その言葉のとおり、患者さんのご自宅に医師がうかがって診療するものである。だか、私は「在宅医療」ということばに、特別な意味をこめて使っている。それは、以前から行われている、急逝の疾患に対する往診とは違った、新たな障害者への医療としてである。その新たな「現代の在宅医療」について説明する。

まず、第一の特徴は、在宅医療は、通院が不可能な障害者のためのものである。つまり、老衰や、身体の麻痺や、外傷後の後遺症などで、通院が困難な人のためのものである。通院が困難でも、病状が比較的安定している人、つまり、入院が必要のない患者さんは多い。在宅医療はそういう人に医療を提供する。

第二は、当然のことだが、在宅医療は「自宅にいる」ことを最優先する人のためのものである。自宅にいて家族・知人との交流があり、住み慣れた場にいることの、快適さや、安心感をそのままにして、医療を受けることが在宅医療の本質である。その点で、快適さや社会生活を犠牲にしても、治療の円滑さを優先する病院医療とは異なる。

逆にいえば、治療の円滑さを求める場合には、在宅医療ではなく、病院医療を求めるべきである。その意味では、手術などの積極的な治療が必要な方は、在宅医療に固執すべきではない。治療がすでに一段落している場合、長期の療養が必要な場合、治癒が不可能な場合に、在宅医療は適する。そして、病院がどうしても嫌いな人も在宅医療に適する。病院での治療が適当と考えられる場合でも「死んでも病院には行きたくない」という人もいる。これも、一つの価値観である。

定期往診とは

私たちが行なっている在宅医療においては、患者さんのご自宅にあらかじめ期日を予告し、定期的に往診を行なう。これを、私たちは「定期往診」(厚生労働省の用語は「訪問診療」*)と呼ぶ。この定期往診が私たちの診療の根幹である。そこに、24時間での相談・診療対応を組み合わせて、「在宅医療」を構成している。

つまり、「現代の在宅医療」では継続療養が必要な方に、定期的に訪問しながら医療を提供する。これは、定期的な外来通院の「出前」と考えてもよい。こういう、現在の「在宅医療」は、以前さかんに行なわれていた、急病に対する「往診」とはかなり違うものである。

過去、診断や治療の技術が単純な時代においては、自宅での医療水準は、外来診療とたいして遜色なかったと思われる。例えば、検査の手段も、聴診器とか血圧計などが中心で、自宅で用いるものと外来で用いるものがが、ほぼ同じてあった。治療手段も限られていた。

例えば、1950年ごろには、自宅であれ、病院であれ、肺炎の患者さんに対しては、ペニシリンを使用するか否かが、医療水準を決定した。つまり、自宅で診療しても、特に技術水準が極端に劣る、ということは少なかった。こういう背景があって、急病になると医師を自宅に呼んで診察してもらう「往診」が広く行なわれていた。これは臨時に行う往診なので私たちは「臨時往診」と呼んでいる。

しかし、医療技術の進歩により、検査を駆使して行なう救急外来が高い水準の医療を提供できるようになった。反面、自宅ではレントゲンなどの検査も、簡便にはできないため、救急疾患に対する「臨時往診」は、しだいに時代遅れとなり、医師も行わなくなっていった。今なお、私どもに、臨時の往診をご依頼される方が後を絶たない。しかし、このような患者さんに往診することはメリットが少ないことが多い。したがって、「多くの場合、初診で診療する場合には、救急外来のほうがはるかに水準の高い医療が受けられる」事実を説明したうえで、対応を決めている。

現在、在宅医療が再び注目されている。それは、先ほど述べた、さまざまな障害によって、通院が困難となった人々への、継続診療としてである。このようにして、新たな「現代の在宅医療」が行なわれている。このような患者さんでは、すでに病院で病状が一定程度究明されていることが多く、在宅医療で継続診療するにあたり、医療水準の維持が比較的容易であるという特徴もある。

いまなぜ在宅医療か

このように在宅医療が注目されている背景の一つには人口構成の高齢化がある。日本は世界に類をみない速度で超高齢化社会に突入しつつある。当然、介護を要する高齢者は急速に増加している。そのかなりの部分は核家族化のなかで通院介助する人がおらず、通院困難群となる。

日本では医療水準が高く、ねたきりの障害者が生存する期間も長いとされる。介護を受ける者、介護する者ともに高齢化が著しい。高齢者のうち夫婦のみか一人で生活する者はほぼ半数にのぼる。このような事情が「現代の在宅医療」のニーズ基盤を形成している。

重い障害者で「施設に入りたい」人は多くない。圧倒的多数が自宅での生活を希望している。とりわけ、病院での長期療養を望むものは少ない。高齢者が入院すると、治癒しうる疾患は少なく、長期入院となりやすい傾向がある。しかし、病院に長期入院する場合、だいたいにおいて、病院は治療の場として作られていて、住む環境としては快適な空間ではない。これらがあいまって、病院から自宅に帰りたいという方が多数存在する。

それから、最期の場所として自宅を希望する人が多い。1982年の「ついの看とりに関する調査(総理府老人対策室調査)」という高齢者調査では、自宅で最期を迎えたいという方が7割をこえる。この現象は、高齢者ばかりでなく、予後不良の疾患を持つ人にもみられる。1990年の厚生省の保健福祉動向調査でも、自分や家族ががんになったときに、最期の場所として自宅を希望するものが過半数となっている。このような現象が現代の「在宅医療」のニーズを形成している。

在宅医療の対象者

すでに述べたように、現代の在宅医療は、通院不能な患者への定期的診療をなす。その対象は大きく分けて三群の患者さんである。一つは、日常生活の行動性の低下した高齢者(いわゆる寝たきり老人)、二つ目は、神経難病患者や外傷後遺症患者などの小児・若年の障害者、三つ目は悪性疾患の末期患者である。

この三群の患者さんたちは、病院で治療している患者さんよりは比較的病状の安定している方が多いとはいえ、一般に、外来に通院している患者よりは、虚弱であり、病気も重いことが多い。とりわけ、寝たきり老人では、いくつもの障害を抱えていることが多い。従って、このような方々では、病状は24時間にわたり変化がありえるため、昼夜わかたぬ医学的対応ができることが望ましい。

在宅医療は24時間の対応を必要とする

これらの方々を救急外来で治療することは実は容易ではない。通院が困難で在宅医療を受けている人たちであるから当然だが、一般に身体が不自由で、病院への搬送に労力を要する。

とりわけ、入院治療に抵抗感をもつために在宅医療を受けている方では、具合が悪くても病院に行くことを勧めることは難しい。さらには、在宅医療は、自宅で最期を迎えたいという方も診療するが、このような方に対しては、どんなに具合が悪くても自宅で診療することが前提である。

したがって、在宅医療においては、「救急病院連携」のみで事態を乗り切ることはできない。あくまで在宅医療での24時間対応が必要となる。これは、現代の在宅医療の宿命である。多くの心ある在宅医は、このような事情を考慮して、24時間にわたる電話相談を受け付け、また、必要に応じて、夜間や休日でも、臨時の往診を行うのである。

しかし、救急病院との連携が不必要なわけではない。自宅では検査の技術も限られており、強力な治療が困難なことが多い。そのため、病院で検査・治療したほうがよいと思われる場合には、基本的に病院での治療を勧める。また、具合が悪いときに、当然、本人や家族が病院での治療を希望することも多い。こういう場合には、積極的に病院を紹介している。

このような病院との有機的連携は在宅医療を質的に高める。そして、検査や治療の終結後、ふたたび、在宅医療で、継続治療を行うのである。自宅でできない検査データなどを病院から教えてもらうことにより、私たちは、病状把握をより精密にでき、自宅でできない治療を病院に依頼することで治療の幅が広がる。もちろん、検査や積極的治療以外の時期は、患者さんは自宅で定期往診を受けるのであるから、自宅にいる快適さを大部分の期間で享受できる。

地域在宅医療システム構築の必要性

このように、病院との連携も必要だが、同時に、在宅スタッフが24時間にわたり対応するシステムをもつことが望ましいことは既述のとおりである。もちろん、この24時間対応は、必ずしも医師でなくてもよく、訪問看護婦でほとんどの問題に対応できる。病棟でも、ナースコールをすれば、ほとんどの患者さんの訴えに対し、看護婦が対応可能なのと同じである。看護婦が自分で手におえないと判断したときに限り、医師が呼ばれる。その意味では、在宅医療でも、患者さんの24時間にわたる相談のうち、大部分は、必ずしも、医師が対応しなくてもよい。

しかし、いずれにしろ、この三群の患者さんには看護婦または医師による24時間の対応を必要とする。しかし、現実には、単独で開業している医師などでは、24時間365日対応するというのは体力的にも無理がある。これが、開業医が現代の在宅医療に参入しにくい要因である。

よく、「近隣の先生は往診してくれない」との声を聞く。医師が往診しないことを、医師の怠慢のように批判する方もおられるが、その批判は、たいていあたっていない。すでに述べたように、現代の在宅医療は、旧来の『往診』とは全く異なる。多くの医師が往診に踏み切れないのは、(外来診療に比べて)往診の医療技術的な低さを熟知しているからであり、また、定期的に往診を引き受けるなら、24時間の対応が必要になることを知っているからである。そのことを知る身としては、外来に訪れることを勧めるのは自然な態度であろう。

私たちの診療所では4人の医師と看護婦で分担して行っている。このように、複数医師や看護婦で交代で初めて24時間対応が可能になるのであり、単独の開業医が「在宅医療」をにわかには行えないのはむしろ自然である。このような事態に鑑み、東大阪市や葛飾区の医師会のように、医師会全体で、在宅患者24時間対応を保障している地域もある。

グループ診療を必然的に必要とするわけ

実際には、上記に述べた三群の患者さんは、24時間の自宅での診療が不可能な場合、結局、何か具合が悪いときには救急病院に搬送される運命にある。そのようなことをくりかえすと、本人も家族も自宅にいることに不安を持つようになる。そして、自宅での継続療養が不可能となって行くのである。逆に、地域に、24時間対応できる在宅ケアの条件があり、それが市民や病院スタッフに周知されていれば、このような人々は自宅に、いられる限りいようとするであろう。

つまり、24時間対応が必要という意味では、在宅医療はグループでの診療システムを基本的に必要とする、といえる。最近、在宅医療を積極的に行っている医療機関で、複数医師体制をもつところが多いのは、このような在宅医療の特性によるのである。

在宅医療は普及しているか

介護保険施行後、種々の在宅ケアの基盤整備が行なわれているが、それだけでは十分ではないと思う。つまり、医療的な在宅ケア基盤としての在宅医療がなければ、結局、本人と家族の病状に対する不安のために、自宅にいられる人もいられなくなってしまう。とりわけ、重い障害者の在宅ケアに在宅医療は不可欠な要素である。しかし、在宅ケアの基盤整備が比較的急速に行われているのに対して、在宅医療の整備は円滑とは言いがたい。

厚生労働省資料(社会医療診療行為別調査報告書)にもとづいて、実際に行われている在宅医療の数として、臨時往診と定期往診の合計数を計算してみる。1986年には一月あたり、110万回余であったのが、次第に減少し、10年後の1996年には65万回に減少している。2000年でも、110万回程度である。

つまり、現代的な定期往診中心の在宅医療は次第に増加しているにもかかわらず、全体でみると在宅医療全体は、伸び悩んでいるのである。高齢者の増加を考慮すると、需給関係は、むしろ厳しくなっているといってよい。これは、すでに述べたように、臨時往診が急速に減少していること、定期往診には24時間対応が要請され、単独の開業医などが簡単に参入できないことが原因のひとつではないかと考える。そして、また、国民全体に在宅医療の存在を知らない方が多く、本当は希望していても、「それを思いつかない」ことも、在宅医療が伸び悩んでいる要因ではないかと考える。

自宅にいたいという希望の実現のために

長期にわたり病院在院・施設入所している方々で、自宅に帰りたいと思う人がたくさんおられる。これらの方々は、ひとえに、在宅医療・介護がえられないために自宅に帰れないでいるのである。そして、とくに重い障害者が自宅で安んじて生活していくためには、介護保険施行などで急速に普及している「在宅介護」だけでなく「在宅医療」による24時間在宅対応システムが必要である。

そのような対応システムが地域にあり、地域の方々に周知されることで、入院・入所中の患者の多くが自宅に帰ろうとするであろう。これにより、「どこで療養するか」、「どこで死ぬか」、についての「自己決定権」に一歩の前進を与えるであろう。

24時間在宅医療のシステムが全国に普及し、自宅にいたいと望み、現在の技術で自宅にいることが可能な、数多くの方々が我が家にいられるようになることを期待したい。


* 注 訪問診療と往診

現在の厚生労働省の用語では、定期往診のことを「訪問診療」とよび、臨時往診のことを「往診」と呼ぶ。もともと、医師が患家で診療行為を行なうことを、保険診療で「往診」と呼んでいた。当時は、定期的に訪問しても、臨時で訪問しても、「往診」という名目で保険診療が行なわれていたのである。しかし、その後、重度の障害者に計画的に訪問して医療を行う行為を厚生労働省が重視するようになり、それを新たに、「訪問診療」と呼んで識別した。このため、現在では、「往診」という保険診療用語は、臨時の医師の訪問行為だけを指すようになったのである。

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