痴呆症 早期診断とケア

梶原診療所 内科・在宅サポートセンター長
平原佐斗司

【痴呆症とは?】

痴呆症は、75歳以上の方の10%、85歳以上では20%~25%に発症します。痴呆症は、一度獲得した知能が、後天的に脳や身体疾患を原因として慢性的に低下をきたした状態で、社会生活、家庭生活に影響を及ぼす状態と定義されています。痴呆症をきたす疾患としては、アルツハイマー痴呆が40数パーセントと最も多く、これに脳血管性痴呆が30数パーセントで、この二つをあわせて、痴呆症の80% を占めています。痴呆症の約10%に、ホルモン異常やうつ病、中毒、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫といった早期に治療すれば治る可能性のある可逆性の痴呆が含まれています。他の10%はピック病やびまん性レビー小体病(DLB)等の比較的稀な痴呆症です。

痴呆症で最も多いアルツハイマー痴呆は、脳にアミロイド蛋白という異常な蛋白がたまることによって、脳細胞が壊れていくという病気です。アルツハイマー痴呆はいったん診断がつけば必ず進行性の経過をとるもので、年をとって忘れっぽくなるというのとは明らかに異なります。現在アルツハイマー痴呆で使えるお薬は日本に1剤だけありますが、その効果は約9~10ヶ月間初期のアルツハイマー痴呆を横ばい状態に保つことができるだけで、残念ながら進行を止める力はありません。(開発中の有望なお薬はありますが)。これに対して脳血管性痴呆では、脳梗塞の予防が痴呆の進行を食い止めることになりますので、再発防止の薬をのむことや若い頃からの高血圧などの生活習慣病の管理が大切になります。

【痴呆症は早期発見が大切】

先だって、レーガン大統領がお亡くなりになりましたが、彼は1994年11月に自らがアルツハイマー病であることを国民に宣言しました。これは、アルツハイマー病の米国民の理解を助け、早期診断、早期告知の重要性を認識させた大きな出来事でした。

痴呆症の多くは進行性で、根本的な治療がないにもかかわらず、痴呆症の早期発見が大切といわれるのは、3つの理由があります。一つは、治療が難しくても、周囲の人への理解や環境の整備を早くから行うことで、問題行動を最小限にすることができるばかりでなく、人との関係を積極的に確認したり、心理的に安定した状態に保つことができること、二つ目には、任意後見制度などを利用して、自分で判断できなくなったときにどうするかを意思決定能力のあるうちに決めておくことができる(リビングウイル)こと、三つ目には痴呆症の10%に治療可能な痴呆症(可逆性の痴呆)が含まれることです。

痴呆症は身近な家族の方が、変化に気づいて相談にこられることが多いようです。例えば、「同じことを何回もいう、あるいは同じことを聞く」「最近のことを忘れている」「物をとられたという妄想がある」「家事や趣味など今までできていたことが急にできなくなった」などがあります。また、最近痴呆症と正常の境界域として、MCI(軽度認知障害)という状態があることが、注目されていますが、このMCIではもの忘れの自覚があることが診断の基準となっています。痴呆症が一定程度進むまでは、実は自覚があるのではないかという考えがしだいに一般的になってきており、自覚のある早期の時期にきちんと回りに相談でき、きちんと診断できるかどうかが重要です。

現在のところ、痴呆症の早期診断に最も有効なのは、複雑な神経心理検査のバッテリーで、他に脳血流SPECTや髄液のタウ蛋白などの測定が有効です。神経心理検査でも、長谷川式など一般にスクリーニング目的で行なわれている検査では早期診断は不可能で、複雑な神経心理検査の組み合わせが必要です。これらは大部分が専門家(臨床心理士)でなければできないものですが、私たちは、信頼性が高く、痴呆の専門医でなくとも実施可能な記憶検査として、リバーミード行動記憶検査を用いていますが、早期診断に非常に有効です。

脳血流SPECTは以前は有効性は低かったのですが、解析法(SPM、e-ZISなど)が進歩して、帯状回後部の血流低下など特徴的所見を認めた場合の正診率は非常に高いとされています。

【アルツハイマー病のケア】

従来、徘徊や不潔行為など痴呆症に見られる周囲を巻き込む行動を「問題行動」と呼んできましたが、この言葉には差別的な響きがあるとして最近は、BPSD(behavioral and psychological 〔signs and〕 symptoms of dementia)と呼ばれるようになりました。日本語では、痴呆症にみられる行動・心理学的な徴候と症状、略して「行動心理徴候」などといいます。BPSDは、痴呆症の経過中のある時期に60~90%の患者に出現し、患者の生活の質を低下させるだけでなく、介護者や家族に大きな負担を与える重要な症状です。多くの場合、在宅を断念し、入院入所となる主な要因となりますので、その早期の発見と早め早めの対処が大切になってきます。具体的には、介護者・家族、ケアスタッフの接し方(人的環境)を変えていくこと(行動療法的アプローチ)と患者さんが安心して頼れ、安全であると感じられる環境をつくる(物理的環境の整備)とともに、リスペリドンなどの薬物療法を適切に用いることが重要です。

【アルツハイマー病の終末期ケア】

アルツハイマーは平均10年で死に至る疾患です。感情と身体運動能力は末期になるまで保たれますが、死の半年から2年前にはねたきりとなります。最期は嚥下障害や肺炎によって死亡します。

医師は少なくとも、アルツハイマーの終末期における医学的エビデンスについて、可能な限り伝える役割があります。例えば、軽症の痴呆性高齢者に対して積極的な治療を行なうと感染症による死亡を防ぐことができるが、重度の痴呆性高齢者に対して抗生剤治療を含む積極的治療により、生存日数が有意に長いということはなく、抗生剤治療が発熱による不快感を早く取り除いたという証拠がなかったという報告(Fabiszewski,K.J. 1990 )があります。また、末期痴呆患者の胃瘻を含む経管栄養は予後延長にならない、肺炎の予防にならない、栄養状態を改善しない、褥創の治癒促進にならない、QOLの改善にならないということが.報告(Finucane 1990年)されています。

終末期の延命治療のあり方については、患者の事前指定(advanced directives)があれば、それを最大限尊重してケアをしますが、事前指定はない場合がほとんどです。そこで、医療者と最も近しい家族との十分な話し合いによって、終末期のあり方を決定していくこと(コンセンサス・ベースド・アプローチ)が大切になります。

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