私論「寝たきりは不適切な処置によって作られる」

臨時雑誌 ORTHOPEDIC SURGERY 整形外科 Vol.54 No.10 2003-9 南江堂

医療法人アスムス
理事長 太田 秀樹

介護保険制度が施行され、認定審査にかかわっている整形外科医も多いと思う。審査会では、医師の記載する主治医の意見書と、行政の訪問調査員の記載する特記事項が審査用資料として提出される。その内容には、高齢者がどのようにして寝たきりとなっていくのか、病院医療しか経験していない医療者では知ることのない極めて貴重な情報が満載されている。

大腿骨頚部骨折と寝たきりの関係性が論じられれば、骨折が寝たきりを作るかのように信じられ、骨粗鬆症の予防で回避できると、国をあげて努力しているようである。しかし、ほんとうに骨粗鬆症の進展を阻止できれば、寝たきり老人は少なくなるのであろうか。骨塩量の測定で20歳は若いと誉められたことを自慢げに受診した88歳の女性は、数日後布団の上で転倒し、人工骨頭置換術を受けている。骨がどんなに丈夫でも、転倒すれば折れる。高齢化によって姿勢反射や立ち直り反射機能が低下し、より転倒しやすくなることは知られているはずである。ここではあえて治療という表現を控えるが、骨折した高齢者に対してどう対処すれば寝たきりを予防できるのか。そのような議論こそが重要であると思っている。

大腿骨頚部骨折手術成績は堂々と論文となっているが、保存的治療の治療成績はあまり目にしない。それは、手術には熱心であっても、手術しない症例に対しての治療プログラムがないということにほかならない。内固定がうまくいかなかった外側型でも2~3ヵ月すると変形治癒し、偽関節を形成となることはほとんどない。それなら手術をしなかったらどうなるのか、この答えが実は介護認定審査会で語られている。

症例Aは、自宅で転倒後、整形外科病院に担送。大腿骨頚部骨折と診断されたが、痴呆を理由に手術を拒否、そのまま介護老人保健施設を紹介。痛みに対する処置を行いながら脂肪塞栓などの合併症の予防に努め、慎重な全身管理のもと、車椅子での生活を開始させ、もちろん入浴も許可。3ヵ月後再び徘徊できるまで回復。骨折前には要介護度5と認定されていたものの、再認定の結果、要介護4と判定。

一方、同様の症例Bでは手術目的に入院。直ちに直達牽引が開始され、数日後には痴呆症状が悪化、点滴を自分で抜去。治療への協力が得られないことを根拠に手術困難と判断。10日後には強制的に退院。牽引で寝たきりとなっているので褥瘡を形成、数週間後肺炎で死亡。

これらのケースは、訪問調査員によってつぶさに聞き取られ、文面で経過が赤裸々につたえられている。診療録で確認されたわけではないものの、事実を疑う合理的理由など、どこにも見当たらない。

高齢者が入院を契機に、環境の変化に順応できず痴呆症状を増悪させたり、医療的処置による不安や恐怖が、或いは苦痛が精神状態を不安定にすることは多い。だからこそ、保存的治療プログラムは心理的・社会的要因を十分に反映したものでなくてはならないし、もし保存的に加療すると判断がなされれば、どのような種類の介護保険サービスを組み合せて、どこで療養してもらうのか、適切な医療的指示や指導が速やかに行われなくてはならない。高齢者を取りまく医療周辺の問題への深い理解が求められる、手術だけが整形外科医の仕事ではない。

介護保険制度は市民社会創造の試金石である。医師と市民の距離が近づくにつれ、医療的介入妥当性の尺度が異なることに起因する医療不信がそれだけ多くなった。しかし、アウトカムはあくまでもADL(日常生活動作)に求められるべきである。骨癒合が得られなくとも、変形治癒しようとも、治療期間が長くとも、良好なADLを維持できる症例が多いことを再認識していただきたい。

(医療法人アスムス理事長・太田秀樹)

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